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伝道標語
標語

ここ数日、我が国にはたいへん重苦しい空気が、立ちこめています。二月二十二日にニュージーランド起った地震では、多くの犠牲者が出、私がこれを書いている今も多くの行方不明者がいます。その中には二十八人の日本人がいて、時を追って報道されるニュースからは、奇跡を願う私たちの胸に、現地の状況の深刻さが刻々と伝わってきます。

今度の地震で被災された方の多くは、新たな計画や夢に向けて、英語を学んでいた人達です。その数々の希望がついえてしまうかもしれないことに、家族や友人の無念さを思うと誰もが、この世の理不尽さに心を震わせているに違いありません。被災者の中にはボランティアとしてより良き活動ができるために英語を学んでいた方もいたそうです。そういう情報を耳にすると、「なぜそんな人が」と世の中の理不尽さをなおさら痛感します。

この世界では、地震をはじめとした災害で多くの夢や希望が、瞬時にして失われるという辛い出来事が度々起ります。人類の努力と英知によって、例え地震などが起っても、被害を最小限に食い止められるように文明は発展し続けています。しかし、起ってしまった惨状をみると、私たちの無力感が拭えないのが実情です。

私たちは、今度の地震で不幸にも命を失ってしまった人々に対してもう何もできないのでしょうか。絶望し、悲しみに暮れている家族のために、遠くにいる私たちにできることは何なのでしょうか。できること、それは「祈る」ことだと思います。

大本山總持寺では、毎日欠かさず二つの大きな鉄道事故の被災者の供養をしています。ひとつは、一九六三年に鶴見駅と新子安こやす駅の間で起き死者百六十一人を出した多重脱線事故(鶴見事故)の供養です、毎日二度、一五〇メートルを超えるまっすぐな廊下を雑巾がけするおりに、平行する土間の部分に、二つのじょうろを使って、長い水の線を二本引きます、先端をくゆらせ線香に模し、御霊みたまの安らかなることを祈るのです。もうひとつは、一九五一年に横浜市の桜木町駅構内で起き死者百六人を出した列車火災事故(桜木町事故)の供養です。十一時からの梵鐘を撞き終わった後、一人の雲水が、慰霊のために建てられた桜木観音の前で、天に届けとばかりの大きな声で、お経をあげ、犠牲者の御霊の安寧を祈ります。おそらくこの二つの祈りは、これから先、何百年も受け継がれていくことになるでしょう。

「祈り」などと言うと、「今の科学万能の世の中には時代遅れの方法だ」とか「もっと合理的な方法で対処したらよい」などという意見が聞こえてきそうですが、この世界は、度重なる災害や不幸な出来事を、「祈り」によって乗り越えてきたことは事実です。「祈り」には共感が必要です。被災者と同じ思いを共有できなければ、相手には届きません。また「祈り」には、希望が必要です。希望がなければ、苦しみを乗り越える力にはなりません。そしてたくさんの人々の祈りが折り重なり、それが大いなる希望となり、悲しみにうちひしがれている人々のこころを慰め、不幸にして突然断たれてしまった、多くの夢や願いを後世につないでいくのです。信じる神仏の違いはあっても、祈る気持ちそのものは、今も昔も誰もが通じ合うことのできる世界の「共通語」であると思います。私も、犠牲者の鎮魂と、ご家族の方の心が安らぐことを願い、私の信じる仏さまにお祈りしたいと思います。

標題の言葉は、道元禅師の和歌の一節です。禅師は禅を極められた祖師として、厳格なイメージで語られることが多いのですが、実は、心情あふれる和歌も多く書き残しておられます。これは有名な一つで、曹洞宗の詠讃歌としてもよく奉詠ほうえいされます。意味は「私は緑深い山中の寺のいおりで、日々の行を勤めていますが、寝ていても起きていても、常にお釈迦さまを礼拝し、すべての人々を慈悲の心でお救いくださいとお祈り申し上げています」です。

この歌は道元禅師の祈りの歌といってよいかもしれません。世俗とは隔絶した場所におられても、万民の安寧を絶えず願われていたことがこの歌からうかがえます。禅師の思いは時代を超えて、今回犠牲になった方々とその家族たちに必ずや届いているものと私は信じております。

平成23年3月 本山布教部

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