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伝道標語
仏仏祖祖 単伝し来たりて、正法断絶せず

二千数百年前インドはブッダガヤの地で三十五歳の御年でお釈迦様はお悟りを得ました。そのお悟りをもとにその後八十歳でクシナガラの地で入滅なさるまで私たちと同じ人の身でありながら仏として生き続けられ、人びとに仏の教えつまり仏法を示してくださいました。

そのお釈迦様が入滅されて五百年から千年くらいの間は、お釈迦様の教えられた仏法そしてそのための修行そしてその結果得られる悟りが確かに伝わる時代、と区分されます。その五百年から千年まで正しく伝えられたことを正法と表現します。

正法の時期を過ぎてさらに五百年から千年の間は、お釈迦様が伝えんとされた仏の教えと修行が形骸化したため、その結果得られる悟りは得られなくなった、と区分されます。教えが形骸化して伝えられたことを像法と表現します。

像法の時期を過ぎると、仏の教えはあれども修行も悟りも無くなってしまった時代に突入します。その時代は一万年続くとされます。時を経て教えが正しく伝わらなくなったことを末法といいます。日本においては平安時代、末法の世であることが喧伝されその結果貴族や権力者がこぞって寺院建築や経塚を造ったといいます。喧伝された考え方こそいわゆる末法思想であります。

瑩山禅師は「伝光録」という書物を著し、正法がお釈迦様より歴代の祖師様方により今日に至るまで確かに伝えられたことを証明されようとされたとも受け取れます。故に特に末法思想に関して否定的なお立場であったことが推察されます。

像法でもなくましてや末法でもない、何故正法として伝えられたかといえば「仏仏祖祖単伝し来たりて」つまり、お釈迦様から歴代の祖師様方まで単伝したからだ、とお示しです。 単伝という表現は一見すれば「(選りすぐられた)一人だけに伝える」と受け取られがちですが、そうではありません。単伝とは「一人だけ」ではなく「一人一人に親密に伝える」という意味です。 (現にお釈迦様は「十大弟子」、瑩山禅師様からは「四門人六兄弟」、その後を継がれた峨山禅師様から「二十五哲」など多数の優れたお弟子が輩出しています。)

そして歴代の伝える師と伝わる弟子双方に、仏の教えを全うするにふさわしい僧形の姿と、仏のあり方をそのままいただこうとする姿勢と、四六時中自分優先とすることない注意があったからこそ「正法断絶せず」と明言されているのです。

伝える側伝わる側双方においての親密とは決して「馴れ合い」や「手抜き」ではありません。双方が「真剣」に教え学び合うことこそ親密なのです。特に人と人との距離が遠くなりつつある今日にこそ、肝に銘じるべき指針となり得るのではないでしょうか。

平成27年7月(本山布教教化部出版室長  蔵重宏昭)

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