TOP総合案内今月の伝道標語 > 伝道標語
伝道標語
只須く衲衣を飜へし、方に自己方寸の中に向て、子細に検点将来して、他に向て求むべからず

私が大本山總持寺で修行させていただいたのは、もう十年以上前のことです。修行の一日はまだあたりが真っ暗な早朝の起床に始まり、坐禅や読経、作務掃除あるいは参詣者の対応、空いた時間には自身の参学を深めるなど、毎日厳格な修行生活を送ることができ、また優れた指導者や仲間にも恵まれ、今思い返してもかけがえのない貴重な経験であったと思います。その修行生活を支えるのは食事ですが、 応量器おうりょうき(食器)の扱いやお唱えなど、身につけなければならない細やかな作法と心得が多くあります。僧堂内の歩き方一つにも音を立てないように注意を払うなど、立ち居振る舞いにも常に意識することが修行の基本であることを学ばせていただきました。

両祖様(道元禅師・瑩山禅師)は「一生 叢林そうりん(修行道場)を離れず出家の身として仏道を行ずる事が最上である」という趣旨のお言葉を残されています。ですから我が宗門では宗侶となるためには(制度上においても)僧堂修行は必須となっています。一方でほとんどの 雲水うんすい(修行僧)は一定期間を経ると道場を離れ、各々の寺に戻ります。したがって生涯を僧堂で過ごす 雲水うんすいは現実的にはほぼ皆無といってよく、僧堂修行の意義を 送行そうあん後(僧堂退出後)どのように維持させるべきか、という思いを修行中の私は常々抱いていました。

そして遂に修行を終え、明日いよいよ 送行そうあんするという日に、恐れ多くも当時の禅師様からの 上堂じょうどう(禅問答)をいただく 機縁きえんを賜りました。そこで、私は禅師様に次のようにお尋ねいたしました。

「古来より叢林(修行道場)を離れぬように、とあります。されど我ら送行する身なり。乞う、これよりのち行持綿密にする心得とは 如何いかん。」

それに対して禅師様からは、

「己の 一挙手いっきょしゅ 一投足いっとうそく を徹底せよ」
と、実に明快なお言葉を頂戴いたしました。

僧堂を離れ、寺に戻れば檀信徒の方々からのいろいろな相談やお勤めがあり、家族を持てばその生活などに追われます。しかし「一挙手一投足の徹底」とは日常生活を送る際においても、修行で培った基本的な作法と心得を緩めることなく、自らの行いを謙虚に反省しながら、一つ一つ誠実に行っていく心得に他なりません。

冒頭に掲げた『伝光録』の一節に「 まさ 自己方寸じこほうすん なか むかって、 子細しさい 検点将来けんてんしょうらいして、 むかっ もとむべからず」とあります。仏道を歩むものにとって肝要なのは、常におのれ自身の基本に立ち返り、基本から外れていないか反省を繰り返すべきであり、自分の行いを棚に上げて他のことに気をとられてはならないのです。自己の行いにこそ仏道は 決定けつじょうするのです。

もちろんこれは我々僧侶に限定された生き方ではなく、多くの人々にも十分通用する教えでしょう。個々の仕事や日常生活における言葉遣い、他人様への気配りと感謝など、社会や家庭生活を送る上で自分の行いが道に外れていないか常に意識を向けることが大切です。しかもそれが習慣として身についた人は、特別に意識しなくとも、ごくごく自然に日常の立ち居振る舞いが理想的な姿として表れるのです。

私は僧堂を離れ十年以上経った今でも、禅師様から賜ったお言葉を肝に銘じつつ、日々を送っています。

平成27年9月(山口県萩市 海潮寺副住職 木村延崇)

ページ先頭へ

ホームページ記載の記事・写真等の転載はご遠慮ください
Copyright(c) Sotoshu Daihonzan Sojiji Temple All Rights Reserved
No reproduction or republication without written permission.