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伝道標語
妄息めば寂生じ、 寂生ずれば、智現ず、智現ずれば真見ると。

この標題は、禅における物事の見つめ方を示したものです。

大本山總持寺だいほんざんそうじじをお開きになりました 瑩山禅師様けいざんぜんじさまは、今からおよそ七〇〇年ほど前、坐禅ざぜんの要点を記した「坐禅用心記」を著されました。このお言葉はその中の一節です。

古人こじんいわく、妄息もうやめば寂生じゃくしょうじ、 寂生じゃくしょうずれば、智現ちげんず、智現ちげんずれば真見しんあらわると。』 (坐禅の心持ちとして、昔の方々が仰るには、迷いがやんだところに静かな心が生まれる。静かな心には智慧が現れ、智慧は、物事をありのままに見せてくれる。)坐禅においては、何も考えない、考えが出てきても、それ以上転がさないように努めるのが基本とされます。転がさないというのは、こだわらないということです。自分の好みや知識を手放して、心を真っ平らにしてしまう。そのとき、理性は最もよく働き、物事はよりくっきりと見えるのだぞ、というお示しです。確かに「こだわり」という心のフックを外してしまえば、考えはより柔軟になり、豊かな発想ができますね。そこの所を七〇〇年前の言い方で智生ず、智慧が使えるようになると表現されたのでしょう。かたよりのない心に、高い理性、智慧ちえ が生じる。これは、坐禅中の注意点でありますが、実は私たちの生き方にも活かせる考え方です。

皆さん、電子レンジをお使いになることがおありでしょう。電子レンジは、物の位置を探るレーダーの軍事研究中、偶然、レーダーの前に立つと、ポケットの中のチョコレートが溶けたことから発明されました。たまたまポケットに手を入れたら、ポケットのチョコが溶けていた。皆さんなら、どう感じるでしょうか。人間は、自分の知識や思い込みに縛られると、知らず知らずのうちに考え方も制限されてゆきます。溶けたチョコを前にして、チョコは体温でも溶ける、チョコが溶けたところでレーダー技術には関係ない、と見過ごしていたら電子レンジは生まれなかったでしょう。すばらしいのは、私が研究しているのはレーダー技術だが、このチョコを溶かす現象も何かに使えるかもしれない、とさらに研究を進め、調理機器の発明までたどり着いた、その柔軟な心です。実は、世紀の大発見と言われるものの中には、偶然の事故や失敗によって生まれたものが少なくありません。そこにはいつも、ただの失敗と決めつけるのではなく、何かあるかもしれないと臨んだ、自由な精神が息づいていたことでしょう。

私たちは、知識や常識から、こうなるはずだ、こうでなければならない、と知らず知らずのうちに考えをせばめていることがあります。人間、こうなるはずだ、と信念を持って突き進むことは非常に大切なことです。しかし、自分の考えに固執するあまり、物事の見方までせばめてしまっては、自分の世界を小さな物にするばかりです。

物事を見つめるときは、自分の知識も好みも一端引っ込めて、こだわりのフックを外して眺めてみてください。解き放たれた理性が縦横無尽に考えを巡らせてくれることでしょう。山もあれば谷もあるこの人生、様々な悩み事にもぶつかりますね。そんなとき、自分の見栄や意地やこだわりを一度全て脱ぎ捨てて、心静かに問題を見つめてみるのも一つの方法です。

偏りのない心に、高い理性は現れる。すると、物事は真の姿を見せるようになる。七〇〇年前の書物から引いた、禅における物事の見つめ方です

平成27年10月(静岡県富士市 碧雲寺副住職 石上博龍)

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