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伝道標語
無明は己を明らめざるなり坐禅は是れ己を明らむる也

大本山總持寺は約700年の歴史を持つ、曹洞宗、禅の根本道場です。曹洞宗の禅の特徴のひとつは行住坐臥の禅であり、起きていても寝ていても24時間かたときも禅の心を離れず、すべての日課を修行することが望まれます。読経においても、作務と言われる掃除においても、食事においても、余計なことは考えずにひたすらそのことに徹します。しかし、なんといっても禅宗の修行の基本は坐禅にあります。きちんと坐禅ができれば、一日のすべての日課が調い、行住坐臥の禅としてさらに確かなものになるのです。

總持寺には常に150人近くの修行僧がいて、700年間変わらぬ禅の修行を行っています。その一方で、今日、日々多くの檀信徒や参拝者が總持寺を訪れ、禅の世界に触れています。訪れる人々にとって、法要、食事、写経、拝観、参禅など本山での行いは、そのすべてが禅の体験となるのです。その中でも、参禅は近年目立って多くの方が参加するようになってきました。わが国でも仏教へのかかわりが「家」から「個人」に移り変わるのにしたがって禅そして坐禅への関心が高まっているようです。また世界的な禅への関心から外国人の参加者も増えつつあります。参禅に来る多くの方々の参加動機を集約してみると「自分の今の姿を見つめてみたい」「自分の本当の姿を見つめてみたい」という意見が特に多いようです。

表題は、大本山總持寺の御開山瑩山禅師の撰述された坐禅の指南書『坐禅用心記』の一節です。その意味するところを意訳すると、「世の中の正しい道理がわからず、人生に迷ってしまうのは、〝我〟という自己の表面の姿にとらわれて、自己の本質がわからなくなっているからである。坐禅は我執を離れて自己の本質を見極め、その本来の相(すがた)を明らかにするものである」ということになります。

坐禅をたしなんだ多くの人が、「坐禅をして心が楽になった」といいます。また、ある人は、「被災によって、長い間心に苦しみを抱き続けてきたが、坐禅することによって、苦しみが薄らぎ、とても前向きに物事を考えられるようになった。」としみじみと語っておられました。これは、何かにこだわり続けてくよくよしていた小さな自己が、坐禅をすることによって、もっと大きな自己に気づくことができたからにほかなりません。

新年を迎え、皆様方も、今年こそは良い年でありますようにとお祈りしたことと存じます。そのお祈りをさらに確かなものとするためにも、どうか禅の根本道場である大本山總持寺に参拝し禅の心に触れ、疲れた心を安んじていただきたいと思います。そして大きな心で素晴らしい一年を歩んでいただきたいと存じます。

平成28年1月(大本山總持寺参禅室長 花和浩明)

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