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伝道標語
学人を接得せんと欲せば、先ず自らの身心を接すべし

表題は大本山總持寺二祖峨山禅師さまが『山雲海月』にて撰述されたお言葉です。意訳すると、「仏法に参学し修行を求める人々を迎え入れ、指導しようとするならば、まず自らの身と心が仏道に適っていなくてはならない」ということになります。

 仏法は言葉では伝えられません。なぜなら、仏法は知識ではないからです。理詰めでも理屈でもないのです。何か説明されて理解するのではなく、参禅参学のその人自身が目の前に広がる世界を心の底から納得すること。また感動を伴って腹にスッと収まることと言えばいいでしょうか。 言葉では伝えられないものを、ではどうやって指導し伝えればよいのでしょうか。 それは指導者自らの〝それ〟(仏道)に生きる姿を示すことです。

古林智香さんが、全国高校生作文コンクールで文部大臣賞を受賞された時の作文です。看護師を目指す当時高校生の古林さんがある施設を訪ねた際、五十歳をこす看護師さんが、リハビリを嫌がる子供に対してとっさにとった行動から、看護師という生き様を学んだ感動が書かれています。 「この子は曲がっている足の手術をしたあと、もう当然歩けるはずなのに、どうしても歩行訓練をしようとしないのです。なだめたりすかしたり、看護師さんは額に汗を浮かべて一生懸命その子の相手をしていました。だが、そのあとはもうどうしても立とうとしません。看護師さんはまた初めからやり直そうとしました。

と、すっかり気分をこわしていたその子は、近くにあった積木を手にとると看護師さんめがけて投げつけました。身をかわす間もなく積木は看護師さんの額に当たりました。額は切れて血が一筋線を引きました。アッという間もないできごとでした。その子も自分の行為の意外な結果に驚いた様子でした。急に立ち上がって逃げ出そうとしました。歩けなかった子が逃げようとよろよろと数歩歩きました。

その時です。看護師さんはその子に駆け寄って腕の中に抱きしめました。〝まさちゃん、よかったネ〟ほんとうに嬉しそうな声でした。額の傷も忘れて、年配の看護師さんの顔には喜びの表情が溢れていました。私は胸が熱くなって声をかけることができませんでした。〝あの看護師さんのようになろう〟」

教科書や言葉では、愛とは何であるかわかりません。しかし年配の看護師さんの情熱は、人を愛すること、看護師とは何かということを、知識としてではなく直接古林さんの心に示したのです。

大本山總持寺開祖瑩山禅師さまが提唱された『伝光録』において、第二十八祖菩提達磨尊者が、六十歳を過ぎてインドから中国に三年以上の月日をかけて渡られ、またそこから面壁九年の端坐をされたこと、その大師の難行を礼讃しております。身命を賭して修行を続けなければならない、そうでなければ真実の仏法は伝わらないと瑩山禅師さまはおっしゃいました。仏道修行への凄烈なるお示しは、言葉だけではなく、そのお示しの通り自らが身心を賭し、命懸けで行われたから、弟子である峨山禅師さまにきちんと受け継がれたのです。 表題は、人に何かを伝えることの難しさと尊さがあらわされたお言葉であると同時に、全身全霊で仏道をお示し頂いた瑩山禅師さまのお姿であり、その瑩山禅師さまの遺徳をお慕いする峨山禅師さま詠嘆のお言葉でもあります。

平成28年2月(青森県清凉寺住職 柿崎宏隆)

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