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伝道標語
即ち是れ我なり また他に非ず

今からおよそ800年前、道元禅師は中国に禅を学びに渡航されました。自信と希望を胸にいだきつつ中国に到着された禅師は、寧波の天童寺で修行を始められました。そんなあるとき、天童寺の境内で、老僧が汗水を垂らしながら、必死にシイタケを干している姿を目にしました。僧堂では、動物性の食材は使うことが禁じられており、だしに使う干しシイタケの良しあしは、料理の味を左右する重要な要素です。

道元禅師は見かねて質問しました。「典座老師。あなたのような尊いお方が、どうして自らシイタケ干しなどなさるのですか、そんなことは弟子にさせたら良いのではないですか」老典座はそくざに返答されました。「他は是れ我に非ず」(ほかのものがどうして私でありえようか)。老典座にとってシイタケを干すということは、役目を果たすうえでごく当然のことでした。しかしその当たり前の姿こそ、道元禅師が学びたかった禅の教えだったのです。老典座は「他は是れ我に非ず」とさらりと禅の何たるかを異国から来た若い僧に教え示されました。当初料理を雑用と思われていた道元禅師にとって、典座老師からこのような深い示唆を受けることは大変な驚きでした。ひそかに抱いていた自信はあっという間に吹き飛んでしまいました。そして初めて、仏道も禅も自らがあらゆる場面で修行するものであって、どんなことも他人任せにしてはいけないのだということに気がつかれたのです。

ところで今から3年ほど前、私は縁あって、中国の四祖寺に行く機会を得ました。四祖寺は菩提達磨大師から数えて四代目の大医道信禅師の開かれた寺院で曹洞宗の祖庭の一つとも称される寺院です。そこでわたくしたち一行は、浄慧法師という現代中国で最も信仰を集めたひとりである高僧にお会いしました。法師は当たり前のように、自ら四祖寺を案内され、わたくしたちを心からもてなしてくれました。しかし実はそのとき法師は重篤な肺炎に侵されていて、わたくしたちが去った二日後に倒れてしまわれ、数日後にご遷化なされてしまわれたのです。その話を伺ったわたくしたちは大変ショックを受けましたが、言葉だけは知っていた「他は是れ我に非ず」という姿そのものに巡り合ったことに大きな感動を覚えました。

表題のお言葉は、瑩山禅師の撰述された『伝光録』のお言葉です。『伝光録』は瑩山禅師がお釈迦さまからの正法(正しい教え)の系譜を示された、曹洞宗の聖典となるものです。瑩山禅師は道元禅師がわが国に伝えられた禅の教えを正しく継がれました。その一方で観音菩薩の申し子と称されるほど慈悲深い高僧として知られております。その瑩山禅師が「即ち是れ我なり、また他に非ず」と説かれました。言葉としては「他は是れ我に非ず」と同様です。その真意は、瑩山禅師のお言葉ということを考慮すると「いかに我々が未熟であろうとも、仏の真実を知りえるのはこの我をして他にはないのである」ということになろうと思います。すべての人々を慈悲の心で見つめられた瑩山禅師の思いが如実に伝わる禅の言葉です。

平成28年4月(大本山總持寺参禅室長 花和浩明)

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