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伝道標語
縦使、難値難遇の事有るとも、必ず和合和睦の思いを生ずべし

「洞谷記」とは、鎌倉期にご活躍の瑩山禅師が晩年過ごされた今の石川県羽咋市永光寺で遷化直前までの数年間に著されたもので、特に冒頭の一説は中でも特に大切とされる「尽未来際置文」と称される〝書き置き〟の一説です。

意味としては「たとえ、極めて困難なことに遭遇したとしても、必ず和合し睦み合う思いを起こしなさい」です。

瑩山禅師は五十歳の時に永光寺を開かれ、その間能登の總持寺を開かれ住持されましたが、晩年はその永光寺で過ごされ六十二歳にかの地で遷化されました。

一節を含む「尽未来際置文」には、遺された弟子たちのために、未来永劫にわたって永光寺を護持するための心構えを記されたのです。

永光寺を護るために一番肝要なことはなにか、それは出家在家を問わず「一味同心」つまり永光寺を護らんとする出家者・在家の方全て皆が一致団結することである、と禅師はお示しです。そのためにいかなる困難が立塞がろうとも「和合和睦」つまりお互いに仲よくすることが大切と説かれます。

 

昨年の11月13日に「第二回峨山道トレイルラン」が開催され、石川県輪島市の總持寺祖院から羽咋市の永光寺まで全長七十五キロの距離を三八一名のランナーが挑みました。私も参加し制限時間間際に何とかゴールすることが出来ました。

すでに時刻は夜八時半にも関わらず、永光寺山門ゴール付近には大勢の地元の方が声援をされていました。永光寺の屋敷智乗老師も満面の笑みでランナー一人一人をゴール地点で出迎えておられました。そして疲労困憊で到着したランナーのケアのため、ボランティアスタッフが目まぐるしく動き回っておられました。さらに冷えた身体を温めるようにとご近所の有志による御汁の炊き出しもあり、普段は冷気漂うであろう境内もこの日ばかりは熱気と活気に溢れかえっていました。

そして共通していたのが、そこにいるどなたもにこにこと溢れんばかりの元気な笑顔をなさっていたということ。

「尽未来際置文」の〝必ず和合和睦の思いを生ずべし〟の言い伝えははるか古より時空を超え、今現在の永光寺に確かに受け継がれていたのです。

 

現在プライバシーの保護が叫ばれる一方、「個」と「孤」の状況に陥りやすくその弊害も様ざまに取り沙汰されています。今の世の中だからこそ、瑩山禅師が遺言された和合和睦の思いを私たち一人一人がしっかりと受け止めるべきでありましょう。そして、そのためにもより多くの人びとがお互い笑顔で過ごせる機会をいかに創り出すか、そうした問いかけが今を生きる私たちに瑩山禅師によってなされているように思うのです。(終)

平成29年1月(本山布教教化部出版室長 蔵重 宏昭)

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