今月のことのは

縦使、難値難遇の事あるとも、必ず和合和睦の思いを生ずべし
たとい、なんちなんぐうのことあるとも、かならずわごうわぼくのおもいをしょうずべし
本山開祖瑩山禅師『洞谷記』

 令和六年一月一日午後四時十分ごろ石川県能登半島で最大震度7を観測した大地震が起きました。この地震で本当に多くの方々がお亡くなりになりました。謹んでお悔やみを申し上げます。更に今なお多く行方不明の方々がおられ、数多くの方が被災され避難生活を余儀なくされています。心よりお見舞いを申し上げます。

 輪島市門前町にあります大本山總持寺祖院でも甚大な被害を受けました。

 私の師匠は、總持寺祖院で修行させて頂いていたこともあり、テレビや仲間達から送られてくる変わり果てた建物の写真や、門前の様子を見るたびに悲しげな顔をしておりました。

 「いま、私には何が出来るのか。」

私は、そう思うたびに思い出す言葉がございます。

 2017年11月1日に北海道赤平市でロケット宇宙開発をされている植松努さんの講演を地元の高校で聞いたことがあります。

その講演の中で植松さんは「高校生の皆さん、会社は何の為にあると思いますか?」と問いかけました。ある高校生は「利益を出すためです」と答え、またある人は「社会の役にたつため」と次々と答えが出ました。

 植松さんは、「全部正解です。私の答えは、『会社は一人で出来ないことをする為にある』と思います。私はロケットを作っています。ロケットは、決して一人ではできません。多くの方々のチカラが合わされてロケットが出来上がります。」という言葉でした。

 「ひとりでは出来ないことをする為にある。」この言葉は、私の心に響きました。

そして、ふと「会社」の漢字を逆にして「社会」はどうだろうかと考えました。

 この多くの困難が山積しているこの「社会」も、勿論一人一人の多くのチカラが合わされて出来ています。

 そして、そのチカラを合わせる原動力は何だろうかと考えた時、瑩山禅師様が大切にされている

大慈(だいじ)大悲(だいひ)(慈悲)」の教えを思うのです。

 私たちは、本当に多くの苦しみや悲しみの経験の中、一人一人が人生を歩んでおります。

 だからこそ、この世界の本質は、それぞれが苦しみを知るが故に、他の苦しみを我が苦しみと引き寄せて、完全にはわかりあう事は出来なくとも、「わかりあいたい」と思い心を合わせる「和合の世界」になっているのだと思います。

 今まさに一人では解決できない難値難遇の時を一人一人のチカラを合わせ、一歩でも半歩でも前に進めたいと決意する日々です。

令和6年2月
北海道 天総寺住職 谷龍嗣老師